2016年2月11日木曜日

中央アジアの古戦場とEBRDタラス送電網改修プロジェクト

キルギス共和国の首都ビシュケクに2007年末から2011年の夏まで住んだ。1990年代にロンドンに駐在していた時に、出張で訪ねた国だったのでなじみがあった。EBRD電力チームの仕事は始めはコーカサスが中心だったが、次第に中央アジアの国も担当するようになった。カザクスタン国境に近いタラス地方の送電線網のリハビリ工事はチーム・リーダーとして担当したので思い入れが強い。

キルギスの西部にあるタラスという街のある地方は8世紀の「タラスの戦い」で知られている。751年の夏に唐とイスラム帝国アッバース朝が中央アジアの覇権をめぐって争い、高仙芝率いる3万の軍勢がイスラム軍と激突した。現地の放牧民の部族がイスラム軍についたため唐軍は大敗を喫した。中国の勢力はモンゴルの時代を除くと、険しい天山山脈の東側である新疆地方のタラス盆地以東に限定されることになり、中央アジアはイスラム文明圏となった。

13世紀にモンゴルがユーラシアを広く支配する以前には「唐とサラセンの2大勢力が対抗していた」と中学・高校の世界史で習った記憶があるが、サラセン帝国はどこへ消えてしまったのだろうか?ブリタニカ・エンサイクロペディアによると、「サラセン帝国」はアラブ人やトルコ人を含んだイスラム世界の人々を総称するときにヨーロッパ人が使った言葉である。8世紀の半ばに成立し、13世紀にモンゴルに滅ぼされるまでイスラム圏で最初の世界王朝となったアッバース朝の下でイスラム世界はインド、アラビア、ペルシア、中国、ギリシアの諸文明を融合し、世界の文化の先進地域となった。そういう輝かしい名前なので今は誇りを込めて「イスラム帝国」と呼ぶそうだ。










0 件のコメント:

コメントを投稿