英国のニュースで法廷での親権をめぐる争いに負けた母親が子供を連れて逃げ出し、警察が行方を探しているという記事を読んだ。大人二人が出会って一緒になり、その後で別々に生きることを選択するのは時々起ることでそれは仕方がない。その時に子供をどうするかとなると難しい話になる。親権者の許可なく子供を連れ去れば「誘拐」ということになる。隠れて逃げ続けることもできないだろうから、やがては警察に発見されるだろう。こういう別れたカップルの間での争いで、一番考えるべきは子供にとって何がベストかという点だ。法廷はその上で父親の親権を認める判断をしたはずだ。このニュースの背景を深く知らずに書く失礼は承知だが、この子が父親のところに戻ることになったとしても、いつかこの子は自分の母親が自分を連れて逃げてくれたことをありがたく思うのではないだろうかと思っている。勝手な思い込みだとしても。
このニュースを読んで複雑な気持ちになったのは、かつて経験した別のケースを思い出したからだ。微妙な話なので本人が特定されないように少しぼかして書いてみたい。わたしが途上国勤務である事務所の責任者になってから一年くらい経った頃の出来事だ。クリスマスが終わって新年が始まった。事務所の職員の一人が休暇の旅行から帰って来なかった。その前の夏休みの終わりにも別の職員が「フライトがキャンセルされたので帰れない」とかの理由で休暇延長を事後申請した例を思い出した。「長い休暇を取るのが悪いことでもあるまいし、堂々と始めからそう言えばいいのに」と少し残念に思った記憶がある。ところがその職員の若い女性はクリスマス休暇が終わってもついに戻って来なかった。
ひと月近くたってその職員の母親が事情説明と、助力を求めて面会に来た。その女性は帰国便に乗ろうとした空港で警察に拘束されたのだった。まだ20代前半の人でシングルマザーだった。わたしが勤務していた国ではときどき起きることだったが、彼女は開発関係の仕事をしていた若者と恋に落ちてしばらくは幸せな時期を過ごしていた。やがてその国における契約期間が満了すると、若者は本国へ帰ってしまった。若者もその娘さんに恋をして、子供ができたのだと信じたいところだ。そのくらい魅力的な女性だった。3つくらいの坊やがとても可愛かったことを覚えている。若者が本国に母子を迎え入れればハッピーエンドの話だったはずだ。ところが彼の本国の両親はまだ若い青年が途上国で若い娘にたぶらかされたか、あるいはその国からの脱出目的に利用されただけだと疑ったらしい。
若者が帰国してから長い時間が経ち、不安や猜疑にさいなまれた後で「母子に会いたいから」という理由でその若者の国に招かれたその女性はとうとう迎えがきたという気持ちで喜び勇んで出かけたようだ。そのクリスマス休暇の間に話し合いが始まったらしい。それは幼い息子の将来を考えて本国に引き取りたいと言う話だったようだ。ところがその女性はその将来図に含まれていない。彼女は子供は一年以上自分一人で育ててきたし、自分にはきちんとした仕事もあると言って、若者とその両親からの申し出を拒絶したそうだ。
彼女が帰国するために、幼い息子をつれて出国カウンターに向かおうとすると警察が待ち構えていたそうだ。「xxxさんですね?あなたの息子さんの親権に関して、訴訟が提起されています。あなたの息子さんの身柄を保護します」という説明だったそうだ。若い母親は泣きながら抗議したが、いずれにしても息子をつれての出国は認められなかった。警察で事情を話すと、その女性がきちんとした職場の身分証明書を持っていたこともあってか、丁重な扱いになったそうだ。やがてその場に婦人の人権を守るグループの人たちが呼ばれ、事情を聞いた人たちがその半分「だまし討ち」のような目に遭って泣いている若い母親を支援することを決めた。それでようやく彼女はその国で親権をめぐる争いを継続できることになった。その段階でその娘さんの母親がわたしのところに相談に来たのだった。女性の母親の相談は「娘はその国で仕事を見つけて、孫を育てたいと言っています。こちらの途上国につれて来るということでは、子供の将来のためにならないという判断が法廷でなされる可能性が高いからです。どうか助けてほしい。」という内容だった。わたしにこれまでの彼女の勤務態度、わたしの職場がどのような組織であるか、そこに採用された彼女が優秀な女性であることなどを説明する手紙を書いてほしいという願いだった。わたしは即座に同意し、手紙を書いた。彼女はクリスマス休暇から祖国に戻ることはできなかったが、新しい国で息子と幸せに暮らしている。
0 件のコメント:
コメントを投稿