2016年2月11日木曜日

中央アジアへの憧れ 小説家と探検家たち

中学生の頃「しろばんば」、「夏草冬濤」、「北の海」と自伝的小説の連作を読んで井上靖が好きになった。自伝的小説以外に印象が強かったのは散文詩のいくつかだった。シルクロードや西域を舞台にした詩が印象的だった。それから長い時間が経って中央アジアのウズベキスタンとキルギス共和国で仕事をするようになった。中央アジア関係の本を探していると井上靖の「崑崙の玉」というキルギスやパキスタンを舞台にした短編集を見つけた。この人と再会したような気持ちがした。

それから「蒼き狼」、「敦煌」、「楼蘭」などの中央ユーラシアを舞台にした小説に熱中した。井上靖は「私の西域紀行」という旅行記も書いている。この本の中に昭和18年に出版された松岡譲の「敦煌物語」を読んで、「敦煌へ足を踏み入れてみたいという思いが強くなり、それから14-5年経って「敦煌」を書いた」という記述がある。井上靖が実際に敦煌を訪れるのはそれからさらに20年経ってのことだ。旧制長岡中学(現在の長岡高校)の先輩である松岡譲のことは夏目漱石の門人の一人と聞いていたが、中央アジアに関して井上靖に影響を与えた人だとは知らなかった。
 
井上靖を尊敬し対談も行っている作家の宮本輝がまた同じような地域を歩いている。「ひとたびはポプラに臥す」は優れたシルクロード紀行だ。この本を読んで映画「泥の川」の原作者として漠然と知っていたこの作家の作品を半年くらいかけて読み続けた。「草原の椅子」は宮本版シルクロード物語の中の傑作だ。自分がそういう地域に2回ほど住む機会があったのでとりわけ印象が強い。

19世紀末から20世紀初頭にかけて中央アジアが世界地図上のホットスポットであったことについてはPeter Hopkirkという人が書いた「The Great Game」という本がある。南下を目指すロシアとインド・パキスタンからの北上を目指す大英帝国が中央アジアを舞台に探検競争を繰り広げた。日本も探検隊を送っている。明治35年(1902年)から始まった三次にわたる大谷探検隊の活躍については長沢和俊編「大谷探検隊 シルクロード探検」という報告がある。この本の解説を書いた作家の深田久弥は「中央アジア探検史」という本を書いた。
 
旧制長岡中学のもう一人の大先輩に藤井宣正という人がいる。第一次大谷探検隊のメンバーとして、探検隊による仏教研究をリードしたと言われている人だ。この人は英国留学中だったので、探検隊の他のメンバーと合流するためにインドに向かう途中で、スリランカに降りてこの地の仏教を研究している。

中央アジアから話をユーラシア大陸に広げると、中国とロシアの国境周辺で現地の動向を探っていた石光真清という人がいる。日本が「坂の上の雲」を目指してひたすら追いつけ追い越せと頑張っていた時代に、この人は命令を受けて大陸に渡った。その後、軍人としての安定した道を外れて流転の人生を歩くことになる。この人の手記4巻が中公文庫に入っている。
 
この手記の中に石光真清と二葉亭四迷が出会う場面が出てきて面白い。明治の文明開化の頃に言文一致体の小説を書いた二葉亭四迷はツルゲーネフの小説を日本に紹介している。この人の「あひびき・片恋・奇遇他一篇」という本が岩波文庫のリクエスト復刊に入っている。ロシア語通でジャーナリストとして活動していたこの人は、今どきの言葉でいうインテリジェンス・オフィサーだったのかも知れない。








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