2016年2月11日木曜日

マケドニアの食卓 「南への郷愁」という名のワイン

2004年から3年ほどマケドニアの首都スコピエに駐在した。マケドニアはギリシャの北に位置する山の多い国で太陽の恵みを受けたワインの産地だ。2013年の夏に再訪した時にレストランに置いてあるワインの味がとても良くなっていて感激した。ユーゴ時代のこの国は良質のブドウから造られたワインを樽でバルカンの各地に供給していた。昔は瓶詰め技術に難があり、西側の技術とノウハウが導入されるまでは瓶に詰めたワインの味は今一つだった。「地のワイン」をその国で飲むと美味しいのに、瓶詰めされると不味くなるのは保存のためにいろいろなものが混入されるからだ。

「タガ・ザ・ユーク」という地のワインが地元の人々に愛されていた。このワインの名は「南への郷愁」を意味する。ロシアに住んだブルガリア生まれの詩人が故郷をしのびながら書いた詩の題名に由来するものだ。古代からオスマン帝国時代までの「マケドニア」は現在のマケドニア、ブルガリアの南、ギリシャの西をまたいだ地域の名前だったから、ブルガリアの詩人がマケドニアで愛されても不思議ではない。数えるほどしか日本人のいなかったスコピエで仕事をしながら、このワインの名前が好きで楽しんだ。

マケドニアでもう一つ印象に残るのはペッパー。旧ユーゴ連邦の構成国としてワイン供給の役割を担っていたこの国はとても美食の国で肉料理もオフリド湖の鱒料理も最高だ。その付け合せにドーンと登場するペッパーの大きさに驚いた。それがとても辛い。たいていの人は「辛くないのをお願いします」と頼む必要があるが、それでも辛い。秋になって細い小道を歩いているとあちらこちらで何とも香ばしい良い匂いがしてくる。良い感じで鼻とのどを刺激する。冬に備えて「アイヴァ」を作るために庭先の大鍋でペッパーを炒める匂いだ。ペッパーだけでなくなすを使うものもある。一家総出の大作業が完成するとオレンジ色のスプレッドの出来上がる。辛さは好みでいろいろ。パンにつけて食べれば最高だ。レストランでも前菜の一部として出てくる。

マケドニアの食卓で食前酒として一杯だけ飲むのがラキアである。透明なものと琥珀色のがある。透明なのはイタリアのグラッパと同じ味がする。トルコのイェニ・ラキと音が似ているけど味は違うし、アラックと音が似ているけどラキアにはアニスは入っていない。ラキとかアラックとかいうのは果実を原料とした焼酎の総称で、その変化形としてアニスの入ったものが幾種類もあるそうだ。ギリシャのウーゾ、フランスのペルノー、パステスもアニス酒として有名だ。開高健は1990年の「シブイ」の中で「ウイキョウの匂いのする酒が、いつとなく大変好きになった」と書いている。アニスの香りはきついので好きな人も嫌いな人もいる。



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