2016年2月11日木曜日

テムズ川の春雁の話とロンドンの野鳥事情

カナダ雁はわたしがバード・ワッチングに興味を持つきっかけとなった鳥だ。2014年の春先からつれあいがロンドンと日本を行き来するようになった。折々の一人暮らしが始まった4月の末にロンドンの地下鉄のストがあり、地上鉄道のあるウォータールーの駅から金融街シティの職場まで歩いた。サウスバンクと呼ばれるテムズ川南岸の散歩が素晴らしかった。北岸のロンドン名所の建築群を眺めるのも楽しいが、南岸に遊歩道が整備してあり国立劇場、テートモダン周辺の様子や、テムズ川にかかる橋の中では新しいジュビリー橋やミレニアム橋などの歩行者専用橋を人々が歩く様子も絵になる。地下鉄ストでこの界隈の散歩を数回繰り返してから、テムズ川の魅力に取りつかれた。川原の砂に佇立していた鳥がカナダ雁だった。

このカナダ雁の写真をフェースブックに投稿すると、高校同窓で新潟市在住の友人からコメントがあり、越後生まれの戦国武将、直江兼続の漢詩のことを教えてもらった。直江兼続は、上杉謙信の後継者である上杉景勝の重臣として活躍し、NHKの大河ドラマでも取り上げられた人だ。

 春雁似吾吾似雁 (春雁吾に似て 吾雁に似たり)
 洛陽城裏背花帰 (洛陽城裏 花に背きて帰る)

七言絶句のうちの一部だけが残されているのだそうだ。渡り鳥である雁は秋に極寒の地より飛来し、日本で冬を過ごす。冬が終わると、春の訪れを避けるかのように北に帰る。直江兼続は戦国時代から江戸時代へと世の中が移り変わる様子を眺めながら、都の喧騒を離れて自らの道を静かに進む心境を歌ったのだろうか。
2014年6月に新潟日報の海外県人会シリーズでロンドンの様子についての記事を投稿した時もこの春雁のことを短く書かせていただいた。この時の原稿チェックで教えられたのがテムズ川の表記が昔と違っていることだ。今は「テムズ」と短く書く。わたしが子供の頃は「テームズ」と習った。英文学者の吉田健一氏は、その名著「英国に就て」の中で「テエムス」と書いている。「テ」に力を入れて発音すれば、どの表記でも同じように聴こえる。「カナダ雁」は「カナダガン」と直された。雁という文字は美しいので、自分のノートでは使い続けている。

吉田氏の「英国に就て」は英国文化についての優れた随筆集だ。古き良き英国の観光案内としても読み応えがある。この本の中に「ロンドンの公園めぐり」という文章がある。この中に「テエムス河の上流はすべてロンドン市民の公園になっているとも言えるので、これくらい美しい河は世界中にないという感じが少なくともする。」、「郊外の公園で有名なのの幾つかも、テエムス河の沿岸にある。」という指摘があり、キューガーデンズとリッチモンド・パークが紹介されている。どちらもわたしが住んでいるチズイックに近い。わたしもテムズ川とその周辺の公園の魅力に取りつかれて、散歩の風景や水鳥や植物の写真を撮るようになった。ヨーロッパに住んだり、旅をしたことのある人はセーヌ川やドナウ川も素晴らしいと言うだろうが、川沿いの遊歩道と周辺の公園の整備の仕方まで含めるとテムズ川は最高だとわたしも思っている。

ところでこのテムズ川の春雁の話には後日談がある。わたしは春雁が渡って行く故事を教えてもらって、これまでの海外各地を転々としてきた自分の境遇についても感じるところがあったわけだが、実はテムズ川のカナダ雁は居心地が良すぎるせいか留鳥となって渡り鳥ではないのだということを知った。大英帝国以来の伝統なのか、この国の首都ロンドンには世界中から様々な鳥が移住してくる。カナダ雁やら、エジプト雁やら、マンダリンダック(オシドリ)やらいろいろだ。そしてこれらの渡り鳥は居ついてしまったそうだ。渡り鳥以外にもペットとして買われていたインコが野生化してあちこしの公園ライフを楽しんでいる。









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